ストリートチルドレン

子ども達のいじめ自殺報道が続いた後、

自殺とすぐには判断できない、子どもの死の報道も続いています。

また、中学生が強盗や殺人で警察に逮捕・補導されるというニュースも

今では、珍しくなくなってきてしまった感があります。

そういった報道のことを、思い巡らしていた時、

私の頭に浮かんだ言葉はこれでした。

     ストリートチルドレン

親に捨てられ、或いは家に居場所がなく、

路上で生活する子ども達のことです。

犯罪者にもなり、犯罪被害者にもなり、

保護してくれる人も、教育してくれる人もない。

ストリートチルドレン問題に関わっている人が

以前言っていた言葉が頭に蘇ります。

『彼らにとって、最も悲惨なのは希望が無いことだ』

日本で死んでいく子ども達。犯罪に手を染める子ども達。

かれらも心の内側も、同じかもしれない。

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自己イメージが傷つく時

自己イメージが傷つくことは、必ずしも悪い事ではありません。

「自分はこういう人間だ」と思っていたのに、

それとは正反対の自分というものに気が付いたり、

気が付くだけではなく、結構がっかりきたりすることも、

自分を知り、成長させていく大きなきっかけとなるからです。

例えば、『自分は公平な人間だ。』と思っていたのに、

時と場合によって、或いは相手によって、

微妙に態度や言葉のニュアンスを変えている事を

ふと気が付いてしまう。または人に指摘されてしまう。

今まで、自分が嫌っていた様な性質が、

自分の中にもあるという事に気が付く時、

人によっては、ショックを受け、自己嫌悪に陥り、或いはそれを否定したり、

状況や相手のせいにしたりと、様々な反応を示しますが、

そういう性質もまた、自分の一部である事を受け入れられる時、

人として成長し、他者への思いやりが育つと思っているからです。

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事なかれ主義の心理

日本は色々な側面で、『事なかれ主義』だと、言われてきました。

『事なかれ主義』とは?

私の持っている岩波国語辞典(第三版)

(西尾 実・岩淵悦太郎・水谷静夫 編)によると、

「何事もなく平穏無事にいくことを望み、万事に消極的なやり方」

とあります。

虐待の問題にしても、いじめの問題にしても、

ニュースになるのは、”子どもが命を落としてから”ですが、

行政や学校が事前に何らかの情報を把握していたのに、

結局は防げずに最悪の結果を迎えた、というケースが

殆どの様に感じます。

なぜ、もう一歩踏み込めなかったのか?

私は、虐待やいじめが明確に認定・発見される事を

恐れているのではないかという気がしています。

”虐待なんて有ってはならない。だから、有ると困る。”

”いじめなんて存在してはいけない。だから、存在すると困る。”

そんな心理が働いているような気がするのです。

事なかれ主義の心理は、そういう恐れの心理の様に

私には思えるのです。

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時間感覚の鈍さを痛感

いじめによる自殺の報道が毎日のようにあります。

今日のニュースでは、教師にも親にも話していたのに、

結局防ぐ事が出来なかった訳で、本当に悔しい気持ちです。

いじめ自殺の報道を見ていると、

学校で起きる問題への対応の遅さ、

時間感覚の鈍さを痛感します。

『学年主任が出張に行っていて・・・』とのコメントがありました。

一般の企業なら、担当者が出張する場合は、

同じ部署の人間か、直属の上司か、

とにかく、別の人間がそれに応対・対処して、

仕事に穴を開けないようにします。

恐喝され、暴行を加えられている人間に、

『明日』や『後で』なんて猶予はありません。

ましてや『出張から帰ってきてから』なんて考えられません。

子供達に命の大切さを伝えたいなら、

学校を取り巻く大人達は、問題の緊急性を意識し、

危機管理能力を磨き、時間感覚を磨いて行く必要があると

考えています。

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自分を見捨てない

いじめを受け続ける事の最大の被害は、

『自己イメージが傷つく事』だと、私は思っています。

『自己イメージが傷つく』とは、”自分は駄目だ”

”この世に自分の生きる場所は無い”

”自分はこの世界で生きていく力の無い弱い人間だ”

”自分の事を好きになる人は一人もいない”

と思ってしまう事です。

いじめ自殺をした子供達は、

自力では、修復不可能な所まで自己イメージが傷つき、

適切な助けを受けられずに、

自分に見切りを付けてしまったのではないかと思うのです。

どうか、自分を見捨てないで下さい。

あなたは駄目じゃない。

この世にあなたの生きる場所は、必ずあります。

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護心術~ココロを護る術~を身に付けよう

護身術というのがありますね。

本格的に武道を習ったりする程ではないけれど、

いざという時に、自分の身を護る為のちょっとした技です。

これと同じ様に、心を護る方法『護心術(造語ですが)』も

いくつかあります。

ここ最近のブログで私は、『いじめは無くならない』、

『いじめている人が変わらなければ、無くならない』と、

書いてきていますが、

いじめている人が変わるのを待っていては埒があきませんので、

いじめられている人が、自分の心を護る方法を

身に付けていくことが、必要だと考えています。

1つは、『心で留めないで、流していくこと』です。

無視されたり、ウザイとかキモイとかの不快な言動は、

風邪に例えれば、ウィルスの様なものですから、

心に留めて置かず、とっとと、出して(流して)しまいましょう。

簡単に言いますが、最初はなかなか大変だと思います。

練習が必要です。

2つ目は『自分の軸で生きること』です。

嫌な事があってそれに囚われていると、

どうしても、それが世界の全てのように思えてきてしまいますが、

学校や職場は人生の1部であって、全てじゃない。

自分あっての、学校(学業)、職場(仕事)です。

日常の中で、小さくてもいいから、

何か自分なりの目標や楽しみを見つけるといいかと思います。

この2つは、同時進行する事で、相乗効果を生むと考えています。

でも、いじめられていて、とても自分では処理できないと感じたら、

一人で抱え込み続けずに、出来るだけ早く、

親でも、家族でも、教師でも、先輩でも、友人でも、同僚でも、

とにかく、誰かに助けを求めて欲しいと思っています。

人に助けを求める事は、強力な『護心術』です。

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大人の世界にもある『いじめ』

はっきり言って、いじめは、所謂”大人の世界”にもあります。

私が言う、大人の世界とは、成人同士の人間関係の事で、

ちょっと、気に入らないとか、何だかむかつくとか、

ちょっと、手際が悪いとか、トロイとか、ウザイとかという『理由』で、

無視したり、嫌がらせをしたりする。

理由に『』をつけたのは、そんなの理由にならないからで、

いじめはいつでも、いじめる側に問題があります。

勿論、人間ですから、いじめられている人間も完全ではありません。

もしかしたら、確かにちょっと手際が悪いかもしれませんし、

多くの人の、気分を逆なでするような言動が目立つかもしれません。

でも、だからと言って、いじめていい訳ではありません。

いじめる人は、いじめる対象を求めています。

いじめられていた人が、自殺したり、転校したり、

退職したりして居なくなると、

他の人を新たにいじめる様になります。

いじめとは、そういうものです。

いじめをしている人が、変わらなければなくなりません。

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もっと、いじめについて話そう

いじめについて、学校でも家庭でも、

私はもっと話したらいいと思っています。

私が小中学生の頃、『道徳』という時間がありました。

大体、月曜日の1時間目で、教科書も配られました。

実は、『道徳』の授業の記憶はあまりないのですが、

私は、いじめの問題も含めた、『人権』というような授業が

カリキュラムの1つとして、ちゃんと組み込まれた方が

いいと思っているのです。

基本的人権の問題や、差別の問題

異文化コミュニケーションの問題、等、

幅広く、人としての尊厳や、人との関わりについて

考え、お互いの意見を表現し、意識を深めていく場が

日常的に用意されている必要があると思っています。

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先生、しっかり!!

学生のいじめ自殺報道が続く中、

高校の校長先生の自殺も続いてしまいました。

原因は、未履修問題の様で、遺書には、

『生徒は悪くありません。私の責任です。』とあると

ニュースで報道されています。

確かに、学校長は、その学校の最高責任者ですから、

責任は学校長にあると思います。

だからと言って、死ぬことはありません。

むしろ、死んではいけません。

生きて、その後の処理をするのがあなたの仕事です。

学生達に『命の大切さ』を教える一方で、死んでどうするのです。

     先生、しっかり!!

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『いじめ』の定義

いじめ自殺報道が続いています。

いじめなのか、そうじゃないのか、

学校側に発表も二転三転したりしていますが、

そもそも、『いじめ』って何なのだろう?

『いじめ』の定義はどう考えたらいいのだろう?

今更ながら、そんな事を考えています。

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